本当に大切な物とは?

arado

2009年01月04日 21:27


カテゴリは”事件”とさせて頂きましたが、まあ、実際はそこまでもいかず、”トピック”というべきかも知れません。

日本人のリージョンで、Chouchouという非常に綺麗で、素晴らしい場所があります。ご存じの方もいるでしょう。以前このブログでも紹介しかけましたが、後に画像を残し全文を削除しました。

理由は、様々で私はSLでの活動は、それこそ自由だと思っていますが、しかしながら個人の自由とそれを守るためや保護の為に寄付、というよりも”カンパ”には抵抗を感じています。

私がRAMを有料にしているのは、以前に書いたように”儲ける”為ではありません。それは、「完全にフリーでSLを満喫したいのなら、それなりの努力が必要」であり、逆に多くのフリー・アイテムを探している内に、優秀なクリエイターの制作したアイテムにL$を支払う”価値”を見いだす時が来るはずです。

L$を常に避けるよりも、それを使って価値ある物を見いだすことは、SLの楽しみの1つでもあります。

しかし、お友達でもないタダの通りすがりにL$を募金するというのなら、それにはそれなりの理由があってしかるべきです。

「お金がないから、恵んでくれ」 これでは、通用しないでしょう。脅迫して巻き上げるよりはマシですが、L$に代わる対価無しに行うことには抵抗を感じてしまうわけです。

話を元に戻しますが、あくまでも風の便りに聞いた噂ですので、それを鵜呑みにしてそのまま他のリージョンを批判するのは間違っています。

この風の便りは、「グループ同士で根回しをしておき、それであたかもそのリージョンとは全く関係のないアバターの1票として、多数投票し、一見人気があるSIMの様に見せかけている」というものでした。

仕掛けられた人気SIMという事らしいのです。真偽はわかりません。

これは風評であり、私はそれでもやっぱり素晴らしい場所だったので、「そうしたい連中は放っておけばいい」と思っています。しかしながら、もしそのリージョンのオーナーが容認しているのなら、そこから先、思い浮かぶのは”アンフェア”となるでしょう。

しかし、リージョンのオーナーが、「周りの人が勝手にやってるだけ」という認識なら、今度は紹介してるブログ記事をそうしたアンフェアな人たちにとっては、”都合の良い記事”となってしまいます。

私はそれだけは拒否したいので、ブログ記事から全文を削除しました。タグがないので見つけにくい状態になっています。

そこで今回、とある私がよく読んでいるブログエントリに、以下の記事のことについて書かれてありましたので、この意味というか、果たしてこれはそれほど重要なのか?と疑問を持った次第でありました。

http://nwn.blogs.com/nwn/2009/01/save-chouchou-b.html


記事の内容は、Chouchouに関係するSLミュージシャンの継続の為に寄付を呼びかけているものですが、結局早い話が経営難に陥ってるから寄付をお願いしてるといったことです。

人気SIMやリージョンだったからといって、必ずしも運営がスムーズになるほどの収支があるわけではありません。Romantic JOY やApploが、共同運営だったとしてもやはり継続にはお金が必要ですが、経営難という発想というか事態にはならないでしょう。なぜなら、そこはそもそも無償で提供されたコンテンツなのですから、多くに人にとって満足のいくSIMであると思えるのなら、オーナーは自腹を切ることに糸目はつけないからです。

では、今回のケースはどうでしょうか?そもそもSLミュージシャンとして活動していくための資金は、初めはかならず自腹か、あるいはカンパだったにせよ、その後は自力で頑張るのが筋です。

Shinano SIMが経営難により消滅し、そこにあった素晴らしい庭園は無くなりましたが、元々そこにいたクリエイターが集まって、再び名前を変えて今でも存在しています。それは恐らく寄付というよりも、自分たちの強い意志と努力があってのことでしょう。


ここでは素晴らしい植物ショップとして、経営と運営を両立させているようです。何よりそれには、皆がこぞってここへとやってきて、楽しんだり、お買い物をする行為をオーナーやクリエイターが今までShinanoで見てきたからこそ、それが支えとなってやっているのだと思います。

経営と運営とは、必ずしも一致していません。経営が苦しくても運営を継続する力強いオーナーもいるのです。

それは多分、目標や成功の、その先に見ているものが違うのでしょう。「経営が苦しいからやめざるをえない」は必然かも知れませんが、「経営が苦しくてもやってみる価値がある」という意識の違いは根本的にSecond Lifeを楽しむか、楽しむよりも名声を・・といった、大きな差違となってしまうのです。

表現は自己主張ですが、同時に人に残っていく”宝物”を表す行為でもあります。

この宝物は、残念ながらL$を大量に投資しても得られません。

「私は一人のアバターが、存分に楽しんでくれていればそれで満足している。決してSecond Lifeに投資しているつもりはない。私が投資するのはあなた達の思い出となる場所やちょっとしたベンチさ。」
とある超有名ガーデンのオーナーが以前私にそう話してくれました。

どうでしょうか?私はここに、大きな答えの1つがある気がします。

遂に1月5日で、Openspaceの新価格と区分が適用されますが、値上がりで諦めるのも自由ですし、なんとかカンパを募るのも自由。

恐らくこのハムレット・アウ(ワグナー・ジェイムス・アウ)さんも、ホントはちょっとした議論のタネとして、敢えてこのエントリを載せているのかも知れません。当のご本人はなにもコメントしていませんしね^^。

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