2009年05月03日
The Rose
多くの人に歌われ、有名どころではジブリで主題歌を歌う新人歌手がこの曲をテープで吹き込み、そのデモでオーディションをうかったとか、宇多田ヒカルが日本でブレイクする前の”十八番”の曲として・・とか、イロイロある有名曲ですが、原曲はだれか?ってことは意外と知らないものです。
その曲の和訳が公開されています。
原曲 - Bette Midler
和訳 - Azusa
http://my.opera.com/heartland/blog/show.dml/496436
どうでしょうか?
タダの雰囲気のいい曲ではないことがわかりますよね?
歌い手はBette Midler。
非常に歌唱力があるけど、技術を感じさせない自然な歌い方とシャウトの対照的な歌い方をするすばらしい歌手です。
私見ですが、多くの人はこの曲の雰囲気に呑まれ、本来”非常にサラリと歌う”この意味に、この歌詞の本来の奥深さに気づいていません。皆ある意味感情を込めて歌い上げるようです。
Bette Midlerはその真逆。
失うことを恐れる人は、
心ときめくときを知らず時を過ごすの。
夢から覚めることを恐れる人は
目の前の幸運を逃して一生を終えるわ。
人に受け入れられることを知らず過ごす人は
差し伸べられる手を取ることができないのよ。
そして、死ぬことを恐れる人は、
魂の躍動を知らずに過ごすの…。
この一節は実は聖書に出てきます。
愛に飢える人は、与える喜びを知らないだけ。
扉を開かずにあなたの未来の道はない。あなたはまず自分の閉じた扉を真っ先に叩いて開かせるべきだ。
神はあなたに手を差し伸べている。それはいつでも。どんなときでも。無視して平気なのはそれがあなた方がそうしているからだ。いつも近いところに悪魔も天使もいる。心しなさい。煉獄はあの世ではなく、あなた方の世界にしかないのです。神のそばに戦争はありません。
やがて死ぬことを口して、煽動するものの後は苦しみが待っている。なぜならその代償は常にあなたを傷つけるはずだが、死を信じるくせに命をさげすむ、あるいは軽く見ているはずだからだ。命はどれも同じで違いはない。
幸せの種はあなたが撒くものであって、他の誰でもない。どこか遠くの人のやることは目には見えないが、愚か者でも目の前の苦しみはわかるはず。その苦しみを知りなさい。そしてそれをあなたがせめて心に留め手を差し伸べれば、あなたは種をまいたことになる。
この一節はゴスペルソングにもあります。
寿命は神が決める。それ以外はすべてまやかし。授かった受難は幸運です。
あなたはそれを受ける資格があるからです。たとえ楽な生き方をしているようでも、その下には必死でもがく手足があるものです。人に「気楽だ」といわれることほど、無駄な努力を必要とするものはないからです。ありのままはとても楽で幸せです。あなたはそこから何かを人にあげるだけで、幸福になれます。「ごめんね」「ありがとう」、言葉ですら、それは宝石となります。
死を恐れなさい。けれど避けてはいけない。期間があるから努力が必要なのです。永遠であるなら人はすぐに堕落するでしょうから。倦怠と慣れ合いこそ最も罪深いものなのです。
太陽は燃えて、あなたを照らすがそれはいつもじゃない。けれどあなたはそれが燃え尽きるまで見ることはできないでしょう。この春の輝きを見るとき、それはとても至福で満たされているはずです。あなたは来年どんな日差しがこの草花に降り注ぐかを予知できないはず。
偶然この世に生まれ、そして幸福になれる喜びがあなたには残されている。
種をまきなさい。無駄だと思えても。路傍の草はそうしていつか巨木を育てる土壌を作り上げるのですから。
キョウシロー追悼ということで、以下のビデオをUPしておきます。
その曲の和訳が公開されています。
愛は流れる川のようだと言う人もいるわ。
たおやかな葦の叢を押し流していく川のようだと。
愛は鋭い剃刀のようだと言う人もいるわ。
血を流して心を切り裂く、凶器のようだと。
愛は飢えだと言う人もいるわ。
求め続けて果てなく痛む飢えだって。
私は愛は花だと思うわ。
あなたは「愛は種にしかすぎない」って応えるのね。
失うことを恐れる人は、
心ときめくときを知らず時を過ごすの。
夢から覚めることを恐れる人は
目の前の幸運を逃して一生を終えるわ。
人に受け入れられることを知らず過ごす人は
差し伸べられる手を取ることができないのよ。
そして、死ぬことを恐れる人は、
魂の躍動を知らずに過ごすの…。
一人で行くには道があまりに寂しすぎて、
先の見えない道程に、あなたが立ち止まってしまうとき、
そして、愛は運命と力を手に入れた者にしか訪れないと、
あなたが悲嘆に暮れているとき、
思い出して、真冬のどんな深い雪の下にも
種が埋まっているの。
それは、春になれば暖かい太陽の光を受けて、
花開く薔薇になるのよ。
原曲 - Bette Midler
和訳 - Azusa
http://my.opera.com/heartland/blog/show.dml/496436
どうでしょうか?
タダの雰囲気のいい曲ではないことがわかりますよね?
歌い手はBette Midler。
非常に歌唱力があるけど、技術を感じさせない自然な歌い方とシャウトの対照的な歌い方をするすばらしい歌手です。
私見ですが、多くの人はこの曲の雰囲気に呑まれ、本来”非常にサラリと歌う”この意味に、この歌詞の本来の奥深さに気づいていません。皆ある意味感情を込めて歌い上げるようです。
Bette Midlerはその真逆。
失うことを恐れる人は、
心ときめくときを知らず時を過ごすの。
夢から覚めることを恐れる人は
目の前の幸運を逃して一生を終えるわ。
人に受け入れられることを知らず過ごす人は
差し伸べられる手を取ることができないのよ。
そして、死ぬことを恐れる人は、
魂の躍動を知らずに過ごすの…。
この一節は実は聖書に出てきます。
愛に飢える人は、与える喜びを知らないだけ。
扉を開かずにあなたの未来の道はない。あなたはまず自分の閉じた扉を真っ先に叩いて開かせるべきだ。
神はあなたに手を差し伸べている。それはいつでも。どんなときでも。無視して平気なのはそれがあなた方がそうしているからだ。いつも近いところに悪魔も天使もいる。心しなさい。煉獄はあの世ではなく、あなた方の世界にしかないのです。神のそばに戦争はありません。
やがて死ぬことを口して、煽動するものの後は苦しみが待っている。なぜならその代償は常にあなたを傷つけるはずだが、死を信じるくせに命をさげすむ、あるいは軽く見ているはずだからだ。命はどれも同じで違いはない。
幸せの種はあなたが撒くものであって、他の誰でもない。どこか遠くの人のやることは目には見えないが、愚か者でも目の前の苦しみはわかるはず。その苦しみを知りなさい。そしてそれをあなたがせめて心に留め手を差し伸べれば、あなたは種をまいたことになる。
この一節はゴスペルソングにもあります。
寿命は神が決める。それ以外はすべてまやかし。授かった受難は幸運です。
あなたはそれを受ける資格があるからです。たとえ楽な生き方をしているようでも、その下には必死でもがく手足があるものです。人に「気楽だ」といわれることほど、無駄な努力を必要とするものはないからです。ありのままはとても楽で幸せです。あなたはそこから何かを人にあげるだけで、幸福になれます。「ごめんね」「ありがとう」、言葉ですら、それは宝石となります。
死を恐れなさい。けれど避けてはいけない。期間があるから努力が必要なのです。永遠であるなら人はすぐに堕落するでしょうから。倦怠と慣れ合いこそ最も罪深いものなのです。
太陽は燃えて、あなたを照らすがそれはいつもじゃない。けれどあなたはそれが燃え尽きるまで見ることはできないでしょう。この春の輝きを見るとき、それはとても至福で満たされているはずです。あなたは来年どんな日差しがこの草花に降り注ぐかを予知できないはず。
偶然この世に生まれ、そして幸福になれる喜びがあなたには残されている。
種をまきなさい。無駄だと思えても。路傍の草はそうしていつか巨木を育てる土壌を作り上げるのですから。
キョウシロー追悼ということで、以下のビデオをUPしておきます。
Posted by arado at 05:23│Comments(0)
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