ソラマメブログ
翻訳サイトでは有名なBabel Fishです。^^使ってみてね。ダイエット計算機です^^
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2011年06月02日

特に話題は無いですが・・

いやぁねぇ~~~WEB散策してましたらねー、カルフォルニアから柴犬の子犬生中継ってのやってますたww。ので、ご紹介します。

も~~ね~~ニコ中とか、コレに比べると・・てな具合だわよw。

ちなみに中継中断のときは過去の映像が流れるらしい。
で、この記事かいてるときは2時間前に中継。寝ていたけど、うん○の世話に来た人に、全員起きましたww。


Live Broadcasting by Ustream

たまに子犬の意図せぬドアップとか、何気に何時間でも見ていられますのでご注意を!

UPしている方は、定期的に子犬を中継してるそうで、今回は柴犬6匹だそうです。
萌えるとかそういうレベルを超えていますww  


Posted by arado at 01:13Comments(0)独り言

2010年12月15日

ちょっとびっくらこきました。

ここ、ソラマメがトップページを一新!なんですねー!びっくらこきますた。

なんだかんだいって、ソラマメも続いてますよねぇ。歴史あるブログサイトだと思います。

私もなんだかんだいって3年越しにここに書いてきてますし。

そういえばビュワー2、またベータがリリースされ、色々UIを変更してきてますねぇ。

バーチャル・テクノロジーが未来のテクノロジーを一変させる技術であることは、まはや揺るぎ様のない模様ですが、NHKでもゲーム技術の凄まじい変革を特集していましたねぇ。

あの内容は、実はSecond Life 5th Birthdayのイベント最終日で、リンデン側技術者から提示されていた技術でもあります。SLは案外先取りしてるんですよね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて話題はSLから離れますが、前にこのブログでとある病気で悩む?人のために、ちょっとクリスチャンがらみで逸話をお話したことがあったと思います。

それは生きる意味ともつながるお話で、まあこういってもワタクシも社会人で知ってる人は知っている非常にプレッシャーばかりかかる役職についているので、忙殺されていると我を忘れることもあります。

しかし2年間まったく無職であった頃もあるので、別に悩みがなかったわけでもありません。

実は私のブックマークに入れているサイトで、そのオーナーがSLをやっているんですが、仕事にやりがいを感じなくなった・・との投稿。

つまりは”やりがいのある職場じゃなくなった”ってことが原因らしいのですが、「じゃー転職すれば?」って、そんな気風や世の中ではないのは、皆さんもご承知ですよねぇ。

しかし、ワタクシの2年間の休職状態は普通じゃなかったので、そこからどう這い上がったか?てなことはさておき、ちょっと面白いお話をしましょう。

まあお茶でもしながら、気軽に読んでください。

これはある農家のお話。

登場人物は2人。誰も血縁関係もない文字通り”赤の他人”。

共通しているのはどれも熱心な献身家で、誰もが認める努力家であったこと。

ここが重要で、この献身家で努力家であること・・。ただしこの献身的で努力家というのは、この二人では意味が違っていることを申し上げておきます。つまり何に対して・・ってことです。

この二人は普通の人たち。言葉を変えれば「平凡で非凡な才能など無縁な人々」。つまりありふれた人たちです。

怠けてラクをしようとする人物は、ある種非凡です。ただし献身家とか努力家とは決して言われません。人としてどうかではなく、「怠け者」というだけだからです。ただし本当の怠け者は自分を「怠け者」とは認めようとしないのが常。

以上を念頭において以下の逸話を読むことをお勧めします。^^

==============================================

彼は農民だった。毎年種をまき、土をひっくり返し、耕し作物を育て、そしてそれを売り、生活をしていた。

「僕はこれしかできない。」

かれはいつも収穫のとき、豊作のときも不作であった年も同じようにつぶやくのであった。

「僕には、天才的な才能も学問を学べる財産もない。平凡でいつも退屈なことばかりしか能がないんだ。でもしょうがない。僕にはこれしかないんだ」

それでもがんばる。そう、彼にはなんとなくどこかでそれが報われるかもしれない・・そんな思いがあったのです。

ある日、その晩は凄まじい嵐の夜でした。一夜明けて畑に出てみるとせっかくの苗はすべて暴風でなぎ倒され、すべてが台無しになっていました。

彼はすっかり絶望し、帰路につきました。

翌朝、気を取り直し、畑へ新しい苗を植えに畑へ出かけると、そこは一面なぎ倒された苗が食い散らかされた跡でいっぱいになっていました。いつの間にか野生動物が来るようになって、そこではもう畑を耕す気力さえ起きなくなっていくのが、彼には思えたのです。

「もう意味がない。」

彼はもう家には帰りませんでした。

耕す人のいない畑は、日々荒れていきました。

彼にとって畑が意味を成さなくなっていった日から、その畑は畑ではなくなりました。

月日が経ち、その”元”畑となっていた場所へ、一人の若者が土を耕し畑を作る農民として暮らし始めました。

しかし彼は、大酒のみで、たまに畑仕事をサボることが度々ありました。

彼には家族もいて、飲んだくれる割に家庭は笑いが聞こえる家庭でした。

彼の畑は豊作とは言えませんでしたが、それでもなんとか生活するだけの蓄えは得ることができました。

ある日のこと、この畑の”元”所有者である、彼が帰ってきた日のこと、彼らの畑を見るなり、彼らの家庭にやってきたのです。

彼は尋ねました。
「ここは大変でしょ。嵐は来るし農作物は食われるし・・」

「ええ。確かにやりにくいですねぇ。」

「私はつらくてやめたんです。」

「そうですか。」

「でも、なぜここで畑をやってるんんです?別のところでやればいいじゃないですか?」

彼の質問に、新しい住人は不思議そうに見つめ、こう答えました。

「別のとこって?!だって僕だって君のように他の農地を捨ててここへきたんだよ。」

彼はハッと驚きました。

生きる意味をその土地の運命に見出せないのは、自分だけ・・。そこに自分の生きる糧を見出す人もいることを初めて彼は知り得たのです。

彼らはこう答えました。

「大地は変わらないよ。ただ僕たちは変わっていくけどね。僕は豊作でも不作でも笑ってお酒が飲めれば幸せなんだ。それと家族がいればね。僕が植えた苗が枯れたって仕方がないだろ?」

「努力が無駄になっても?」

「君は面白いことをいうんだね。僕は怠け者で有名さ。だから農民なんだよ。」

「そんなの間違ってる。真面目こそ一番さ。」

「面白いねぇ・・君は。」

「なんだって?!何が面白いんだ!?」

「真面目にやってて、君は結局やめたんだろ?そりゃ君の真面目さが間違ってる証拠じゃないか?。僕たちを見てみなよ。いつも楽しくやってる。いやねぇ、そりゃー嵐や不意に動物たちで畑がさらされてもねぇ、知る由がないからねぇ。でも欲ばってないから、なる様にまかせているけどね。」

「正しい生き方なんぞあれば、僕が教えてもらいたいもんだね。」

彼はそこで初めて知ることができました。同じ土地と境遇で、幸福と不幸を得るものがいる。

彼は自分の土地を放棄したことを後悔しましたが、その地を去る他はありませんでした。

それはまるでエデンの園を追放された気分そのものでした・・。

============================

どうでしょうか?ちょっとおもしろいでしょ?


  


Posted by arado at 01:21Comments(0)独り言

2010年04月27日

問いかけの答え

さて今回の雑談はチト長いわよーん^^。

リンデンの”元”CEOフィリップ・ローズデールは、かつて成長を遂げたSLについて、「後残されたのは、死だけだ」と語ったそうです。

唐突ですが、SLはユーザーが生きている限り永遠の命があります。

例えばアカウントの持ち主が死んでも、誰かがその意思を継いで継続すると、そのままSLでは生きていくことが出来る・・という現実。

それはバーチャルを超えて、きっと新たな地平を目指すことになるでしょう。

限りがあるから人生は充実する・・という言葉があります。

しかし永遠は得ることは現実には不可能です。

私がこんなことを言うのも、実はSLには若干16歳にして病気で他界し、恐らく現在もリンデンがアカウントを削除していない有名なユーザーが存在します。

そのお母さんが、「彼のアカウントを削除しないで」と、リンデンにお願いしたそうです。

彼は16歳でありながら、初期のSLに多大な功績を残したそうです。時にユーモアがあり、そして辛辣なコメントをリンデンに提示して、初期のSLが今現在のスタイルになる土台を作ったと、リンデンスタッフは考えていたようです。

多分検索で探せば、現在でも彼はログインしないだけで存在していることでしょう。

命を考えるとき、自然に生きてポックリいけばいいのでしょうが、現実は山アリ谷アリでそんなにはスムーズにはいかず、人や災害や不可抗力で人は生きてしまいます。

SLですらそうです。

私が実際そうしてSLをすごしてきましたから^^。

私の母はクリスチャンで、私は洗礼を受けてはいませんが、時々ミサには同行します。

人は様々な運命ともいえる状況に置かれます。その度にうろたえ、悩んで立ち止まることでしょう。

でも、それは全部神様がしていることでしょうか?

実はその答えは初めからわかっているそうです。

ある逸話をご紹介しましょう。

神様は楽園にいる男女二人に言いました。
「私は貴方達を幸せにすごせるよう作り上げた。そこには自由意志もあるし、この楽園のどんな木からもそれを採って食べるといいでしょう。ただし知恵の実だけはダメです」

疑問に思った女性は神様に聞きます。
「それは何故ですか?」

神様は応えます。
「その実を食べたら、あなた達は死にます。」

男女二人はそのことをわかったつもりでいました。初めは自分達を生んだ神様の言葉を信じたのです。

しかしその楽園にはサタンもいました。サタンは神様から逃れ、楽園で「神様なんか信じないで、僕の仲間になればいい」そんなことしか考えていません。しかしサタンですら神の子です。神様はふらちな存在すら愛していたので、サタンを許していました。

しかしサタンの考えは違います。「僕は自分で生きられるし、全てを支配できる。だって神の子なんだし」そう考えていたのです。

サタンは生まれて間もない二人に目をつけました。

「やあ君たち。楽園での暮らしはどうだ?」とたずねます。

二人はサタンを知りません。

「ここでは何でも手に入れられるだろう。それに君たちは神様の子供だしね。そうだろう?」

サタンの目的は一つです。「私と貴方は同じだ」と思わせることです。

「この木は旨そうだな。でもどうして君たちは手をつけないんだ?」サタンは言います。

「その木には触ってもいけないし、食べてもいけないといわれてるからです」
二人は答えました。

ここで既にサタンの思惑に二人はハメられています。

「おかしいな・・君たちは楽園のものなら何でも手に取ることが出来るんじゃないのか?君たちは神様の子供なんだろ?」

「ええそうです。でもこの木だけはダメなんです。」

「触るのはどうしてダメなんだ?」

「知りません」

「それは君たちが無知だからだよ。だってそれはおいしいんだよ。」

「そうなんですか?」

「私も神の子だからわかるんだ。よくみてごらん。だっておいしそうだろう?」

「そうですね」

「神様はきっとあまりにおいしいから、ダメだっていってるんだよ。それにダメだって言われても、きっと神様は許してくれるはずさ。」

こうなるとサタンの術中に完璧に従わざるをえなくなってくるはずです。「嫌です」という反論を与えるように会話をもっていかないのです。この「ダメだって言われても、きっと神様は許してくれる」という部分が勝手な解釈であり、根拠も無くそれを信じてしまうところに現代の人も抱えている弱さがあります。問題は「食べたら死ぬ」ということだったはずです。触れてもいけないとはいっていませんし、ましてどうしてダメなのか?ということの真実など自分達は知らないはずです。

知らないことを取り繕う愚かさと無知にサタンは、自分と同じものを感じ取ったのです。

神様はたった一言「その実を食べたら、あなた達は死にます。」としか言ってはいません。

しかし思わず無垢な2人は「触ってもいけない・・」と言ってしまった。事実ではなく自分達で脚色したのです。そこがサタンの付け入る隙でした。

サタンはこれで、この2人には物事を自分で客観的に判断できない無垢な存在であることを露呈したと見ることが出来てしまったのです。実際二人は無知でした。

以下のようにもし2人が言っていたら状況はまるで違いました。

2人:「食べたら死ぬといわれました」

サタン:「どうして?」

2人:「知りません。」

2人:「でも神様がそういいました。」

面白いのは、サタンですら神を恐れていたのですから、神様がそういったということに、「それは嘘だ」といえないのです。

しかし残念ですがサタンの言うことを2人は信じてしまいました。無知であっても絶対守らねばならないことがあったのです。

それは神様と交わした約束。問題は最後の時点で、神様の約束を二人が忘れかかってるところです。

サタンの目的は、タダ一つ。「神様なんかいないし、自分達でなんでもできる」と思わせ人を墜落させることです。

二人は一緒に”智恵の実”を食べました。それは”善悪を知る”と呼ばれていた木でした。

食べた二人は、自分達が裸であることを知りました。そして無知であることも。そして自分よりも雄大な存在を知り、急に怖くなったのです。永遠ということがなぜか怖くて神様から隠れるようになったのです。

こうなると楽園は楽しいところではありません。

彼らは「物事を都合よく取り繕うこと」を知ることになり、それを行動に移し始めます。

初めは木の葉をとって恥部を隠しました。

神様は彼らが裸であろうが無知であろうが、愛していました。そんなことはどうでもよく、彼らが楽園で楽しく暮らしていることだけ望んでいました。

でももう2人にとっては、楽園は楽園ではもうないのです。ですから追放とは”追い出した”のではなく、これからは自分達で楽園に代わる場所を作り上げなければならないことを、神様は2人に告げたのです。

神の子である彼らにも、「自分で判断して行動する可能性」を生まれた頃から神様は与えました。これで神様の子は神様に隷属するという存在ではなくなり、幸せを自分で掴み取る楽しさを得ることができたのですが、たった一言「誰かが君をだましている」というたわいもない言葉一つで、大事な約束を2人は破ってしまいました。

その言葉に、はむかうでもなく戦うのでもなく、たった一言「神様がそういいました」というだけでサタンは恐れたのです。サタンもまた神様を恐れていたのですから。神を信じるということは、そこに利己的な心が付け入る隙がないということだったわけです。

これは人に降りかかる”災難”に対する私達の心の動揺や葛藤に、とてもよく心情が似ています。不幸は自分のせいじゃない。誰かのせいにしたい・・。よくあることですよね。

さて、現実では自然災害、人との付き合いや病気など、様々な困難に直面してバーチャルですら容易に人は生きられません。

そのとき人はいいます。「不幸になることもあるのだから、きっと神様なんかいない」と。

サタンは実は人間の心の中に住み着いています。「神様なんかいない」それこそサタンが大喜びすることなのです。

どうして不幸なのに神様を信じろというの?

答えは実は簡単です。

災害も病気も神様が与えた試練ではないからです。

津波に襲われたとき、人は言うでしょう。「なぜ、わたしだけ?」と。
でも目の前に神様がいたらきっと言うでしょう。

「お前の後ろに大きな山がある。大きな丘も大地も。でも海岸でなぜか暮らし、そしてその暮らしを誇っている。水があれば増すこともある。雨が降らなければ大地は実らない。」

でもこういう人もいるでしょう。

「地震はなぜ人を不幸にするのか?」

神様は言います。

「この大地の奥底にも命はいます。地割れで救われる小さな命も。あなた方が大地を踏めるのはその大地が生きてその土を作ってきたからです。土はそうして出来てきました。」

確かに自然の中で得られるものだけで暮らすのなら、地震のたび人は建物の下で押しつぶされて死ぬことはないでしょうし、利便な車を誰も持たなければ、快適ではないかもしれませんが、交通事故に誰もあいません。台風を恐れる理由は築いてきた財産を失うことや、今恵まれている自分の命だけを考えるからです。

では病気はどうでしょう?

ここでも神様はいいます。

「病気になるまえ、あなたはそのことを知っていましたか?鳥も動物も自然の中ではやはり避けられない命の終わりがあります。どこから病気が歩いてきたのをあなたは見ましたか?病はあなたが自分から、自分の体が作り出したもの。そうでないものは他の誰かがその原因をつくったはずです。」

心の病も含め、結局は自分達自身が不可抗力、外的要因にしろそこから病は来るのであって、だれも天から降ってくるとは思わないですよね?

しかし人は智恵の実を食べた人たちです。

宗教をとわず、ほとんどの世にある宗教はどれも似たようなことを語っています。

しかし私の肉親がクリスチャンなので、その中から以下を書いてみます^^。



「最初から楽園で素晴らしい暮らしをしていたあなたたちは、最初にそのたった一つの私の約束を破ってでも、”自分達で判断して自分達で解決する道”を選びました。それはあなたたちの自由な心がそうした方向へ向いたのです。

だからあなた方は辛く困難な道を歩きます。もう自由に何もしないで何でも手に入れることはありません。

誰もが簡単に幸せをつかみとることが出来ません。全て自分達で生みだしていかねばならないからです。食べ物も、命も苦しみながら生み出さなくてはなりません。楽園ではない新天地をめざしたからです。そこにはもう私の手は届かない。ただ見守ることだけなのです。

でも智恵の実を食べたからこそ、あなた達には最後の望みがあります。それがまさに”智恵”そのものです。

薬を発明し、災害を予知し、防ぐ方法を探ろうとするでしょう。それは全部幸せになりたい・・そのたった一つの光を見つけるため。私はその光の先で待っています。

そこにあるのは、私があなた方に託した最後の希望があります。最後まで諦めないでください。

神の約束を破った最初の2人の罪は、既に私があなた方の下に使わした一人の若者の命によって許されました。罪は自分達の命でしかあがなえません。そしてあなたの隣人をあなたの心で裁いてはいけません。人間の立法は人間の作った法であり、自然が作った摂理とは違います。

罪人は神である私が裁くのです。だから憎しみの刃から自分の手を離しなさい。憎しみの心からは「利己的な心」が生まれます。自分の思い通りになるよう勤めるようになり、やがてその刃は他人だけでなく、やがて自分に向けられます。「思い通りに生きられない自分」を恨めしく思うのです。

あなたが何もしなくても、罪人には既に自分に向けられた心の刃を、自分の心臓に突き立てています。

それがサタンのもくろみです。まはやその中には懐疑と欺瞞と不信しかないのですから。そうなると人は人ですら信じなくなるでしょう。逆らうことなんてはなから出来ないはずなのに、嵐を憎むようになるのです。病を信じずそれを降ってきた災いとして憎むようになるのです。

人は家族にでさえ、真実を告白するのをためらいます。嘘をいうでしょう。でも私は既にそれを、はなから許しています。あなた達は完全ではありません。あなたは私(神)の前で真実を述べられれば、人に対して言う嘘は許されているのです。サタンの言うことを信じるものは、自分でさえ騙すことが容易なのです。神がいないから災害がおこり、人は病気になると。その術中のなかで、人は不幸という困難に苦しみます。

「私はきっとこの困難を乗り越えられると信じます。」そう示しなさい。それは小さな願いであっても決して隣人を苦しませることはありません。たとえあなたが倒れても、あなたの道を人は信じるようになるからです。まっすぐでなくてもその道の先に、その光の向こうに楽園がきっとあるということを。それは将来その病や災害を防ぐ方法となって示されるかもしれません。

苦しい困難なときでも、人は心の底から笑うことが出来ます。悲しくても忘れることで絶望する苦しみを逃れることを人はわかっています。それが運命でもそれは他の人はあなたの真実を、他人が知りえることはできません。病で倒れ、災害で財産を失っても、野辺の花や大地や海はあなたを憎みません。それはそのようにして、かつてそれを乗り越え生きてきた命があったからです。命は真実であり、嘘はないのです。命を愛したことを示しなさい。自分のためでなく、私のために。」

最後に最近気になるCMソングでゲロルシュタイナーというミネラル・ウォーターの宣伝がありますが、この歌を歌っているシンガーは作詞作曲もしていらっしゃる方。歌詞がとってもいいし、歌も素敵なので、ご紹介しましょう。


http://www.youtube.com/watch?v=RSxgQTc9uOE&feature=related

歌詞:http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=93579

今回は、インワールドで出くわした一つの質問に対する私の答えです^^。あしからず。


  
タグ :雑談


Posted by arado at 03:13Comments(0)独り言

2009年10月31日

LinuxのLive CD

なんつーか昨日からやっているHDDへのLinuxインストールですが、どーもBusyboxエラーが出てしまい、一向に起動すらしません^^;;

調べたらどーも使ってるラインディングソフトとの相性ってのがあるそうで、このエラー回避のためにはまずは他のラインディングソフトを使う必要があるそうです。

まーこれでダメならいっそLeopardなんかつっこむか!とか思ってたりして^^。

で、インストールする候補に上げているのが、Linux Mintとkubuntuの2つ。

理由としては、Mintはデスクトップ利用なら洗練されていることで、Ubuntuと共通のものが使えるそうで、Kubuntuは、以前慣れ親しんだSiduxがウィンドウシステムにKDEを使っていたのでまあ良いかな?と^^。

Ubuntu標準のものは、どーもFoderaをいじってた頃を思い出すので避けたいと思ったわけ。

なんか変則的にお休みが取れまして、明日31日はお休みになりました。^^

そういや今日はハロウィーン前夜祭ですな^^。

で、今Linux Mint焼いてるところです。なんでMintなのか?は、単にカッチョエエ!!って思ったから^^。  


Posted by arado at 05:04Comments(0)独り言

2009年04月02日

壊れたHDDを何とか起動してみる

さて、HDDも新しくしてすでに新マシンとなった私のPCですが、以前使っていたHDDサムスン160PN。どーもMBR自体が壊れたらしく、新マシン移行と同時に起動せず^^;;

別に使わないからどうでもいいのですが、せっかく有料のいくつかのソフトも入れてあるし、せっかくだからなんとか起動させようと、昨日MBRを自分でつくりそれをブータブルCDにして起動させてみたところ、XPのロゴがボー・・と出てきたところで、ブルースクリーンのデバイス異常エラー。アハハ・・。

やっぱし、こうなりゃMBR(マスターブートレコード)のセクタ自体を専用エディタで書き換えるしかないようです。ロゴが出てその後エラーが出るということは、要するにブート自体に問題があって、HDDの物理的損傷の可能性が低いとみたからです^^。

なにせ、回復コンソールでもCドライブにアクセスできませんから^^;;

ま、趣味のようにコツコツやってみます^^。  


Posted by arado at 07:01Comments(0)独り言

2009年02月23日

暇だったので。

本日はRLも私はお休み。しかも外は雨ということでお家でダラダラしていたところ、ネットで、”Second Life Publish Companyでググってみたが、知る人ぞ知る情報収集のちょっと物足らない人たちなのでスルーしてよいかと・・”というのが^^;;

あはは、当たってるような^^。

私が以前、聞いた話によれば

「ネットで公開する内容に、利益、利潤が絡まない範疇なら、人はそこまでの情熱を持って記事など書きませんョ。ブログってその媒体直接では儲からないでしょ?だから気楽なワケです。そこが”誰でも書ける”良さなんですよねぇ。好きこのんで”秘密”まで公開してる方が、頭がオカシイんですよ。」

その話に、ま~~そらそうですけど~~って私はちょと抵抗しましたが、「批判される側も、する側もどちらも読者である」という点は、フト忘れがちな事です・・。

RLのとあるショップの主人が横柄な態度で怒ってお店を後にしたら、その主人がそうとは知らずに偶然今度は自分のお店にやってきた・・・・。といった感じ。バツはどちらも悪いですよねぇ。

で、暇な話題は別なとこでして、リンデン公式サイトのCommunity: Incident Reportを見ていたところ。

ここは最新の住人からの報告で、リンデンから処罰を受けた事例が簡略に記載されています。

http://secondlife.com/support/incidentreport.php

セクシャルハラスメントや、RL情報公開行為や、現在はメインランドでは禁止されているクルクル回る広告塔設置など、処罰も警告から、~日間アカウント停止までいろいろ。

なかでもDisturbing the Peaceの行為、つまり土地に過剰で不必要な負荷を与える行為とでもいいましょうか、なかでも Repetitive Content、該当するのはSpammingという行為が処罰では重いようで、現地22日では14日間の停止処分をくらっています。イメージとしてはグリファーなんでしょうか。


ただ、どうせよくあるその日作ったアカウントでしょうけど。ただ現在はどこでもアカウント登録情報から、サイト側が調べ上げ悪質な物は登録すら出来なくする場合もありますし、半月の停止ですからねぇ・・。

いずれにせよ、今私は暇なのは確かです^^。



  


Posted by arado at 16:13Comments(0)独り言

2009年01月17日

コメントに対するお答え

カテゴリは、どうしたらいいモンかと思い悩んで結局独り言ですが、真面目に語ってみたいと思います。

べつに今までふざけていたわけでは無いですけどね^^。

以下のコメントが寄せられました。

その後ハムレットさんの件の記事にいくつかのコメントが寄せられておりますが、それらを踏まえてどのようなお考えをお持ちなのでしょうか。是非ともご意見を伺いたいものです。



まず整理して語りますが、ChouChouはSIMとしても、そこで執り行われるイベントにしても、インワールド全体に及ぶような公共性ではなく、あくまでもそのSIMでのプライベートな物であるということを承知しておく必要があります。

端的にいってこの答えは、まさにハムレット・アウさん(ワグナー・ジェイムス・アウ元リンデン公認インワールド・ジャーナリスト)に寄せられたコメントに集約されています。

http://nwn.blogs.com/nwn/2009/01/save-chouchou-b.html

”Everyone needs a bail-out these days. Where I do get in line?”

当のブログ記事に対するコメントに、かなりの批判が相次いでいますが、誤解を招くようなことであるなら、この場を借りて謝ります。しかし、あくまで”噂”にすぎないのは事実ということです。

しかし、以下にあるように「特別、それが重要に思えるようなことなの?」といった意見も現実にはあります。

http://secondarts.wordpress.com/2009/01/02/what-makes-chouchou-more-special-than-any-other-creative-mind/





私はあえて、挑戦的なコメントをアウさんのブログに書くことにして、その反応を見てみましたが、ChouChouがスキだという人に対しては、私が何もいう資格があるはずもないと初めからわかっています。しかし、あえてそのことを踏まえ”挑戦的”に書いてみて、その反応を見たかったわけ。

過剰反応をしめし、酷評するか、無視して静観するかをです。結果として、なんか私の英語訳に論点がずれているようですが^^;;

「公平な立場に立つなら、寄付を募るのは自分たちのブログなどに留めるのが公平かつ、正当だと思える」

これが言いたいことだったんですけど、あえて始めに誤解を受けるよう”噂”を話してみたわけ。しかしこの反応はありませんでした^^;;

寄付は人にお願いする物ではありませんよってことです。自分たちで募らないとおかしな事になりやすいと感じたわけ。だってアウさん、ChouChouと無関係じゃないですか?^^


例えば、RLの一企業が経営が苦しくなって、関係ない人にカンパを求めるとしても、その行為が批判されても、それはそれで「したい人がすればいい」ということになります。強制力が存在するわけもありません。

しかし、わたしはそれはそれを取り上げる人の判断だと思っています。したがい、今回の一件、アウさんが”NEW WOULD NOTE"に取り上げるほどなの?という疑問が上がるのは無理もないという感じ。

私は前にも書いたように、「それを紹介することで、都合良く解釈して利用する仕方が(なんかどうもそういう話が私に寄せられるわけで・・)どうも、私の感覚と合わない」と感じ、ブログエントリから本文を削除しました。それは、噂にすぎないかも知れませんが。


「自分たちを人気者とおもさせたい様に仕掛ける人たちがいるの」そうしたあくまで”噂”を耳にしたからで、ならばその嵐には触れないで、そっとしておこうというわけ。つまりなにも批判していないどころか、興味はないということ。現にChouchouは良かったと書いてるわけで、そこが消滅してもそれはそれで仕方のないことだと感じています。

アウさんのブログエントリは、「SL元ジャーナリストだからこそ、公平な記事を期待していたが、今回のはどうも・・ね」そうした意見があるようですし、わたしも「まあ、個人的なブログ記事と解釈すればいいのかな?」とも今では思ってます。

ただ、寄付を募ろうが何しようがメタバース以外でも自由ではあるし、それが他人にとってさしたる重要性を持つとすれば、自分に関わることだから・・のはずです。

正直、素敵なSIMが消滅の危機にあるとすれば非常に残念ですが、しかしながら、私はそれに歯止めをかけようとL$を寄付したりはしません。理由はそれが”自由”というモノだからです。

始めたときに、お金をかけたとしてその後の活動資金は、やはり自前で捻出すべきで、それ以外はひっそりとそのSIMを支えたいと思う人たちでチャリティーをすべきではないか・・というのが私の意見であり、アウさんのように「不特定多数の住人にとって、それは重要なことなの?」といった批判はある程度予測できたでしょう。インワールドには、素敵なSIMなのに消えてしまった場所はたくさんあります。

SIMを維持するのは、”義務”ではありません。それは努力です。

存在しなければならないSIMなど、リンデンすらほぼ皆無だと言って良いでしょう。それでもSIMは拡大し続けているのです。なぜでしょうか?やはり入植者の絶え間ない努力でしょう。

その上で、私はアウさんのブログエントリはやはり”言葉が足りない”と感じたのです。

私は寄付を求めている人たちにはお会いしたこともないし、ChouChouは1度訪れて、非常に感銘を受けましたが、「噂の真偽は知らないけど、それにしてもなぜそんな波風が立つんでしょうね」と知り合いに話して、そこで考えたわけです。

一人このこの事に関して、意見を述べている”他の”ブログでは、

熱狂的なファンにとっては反論は全て悪だし、アンチにとってはどのような批判の的も無くなるわけでないし、どうでもいい人にとっては終始どうでもいい事に過ぎない。

わたしはファンでもないし、アンチでもない。

もう、どうでもいい。

理解されようがされまいが、いいたいことの2つのポイントは直接的あるいは間接的に既に言った。あとは個々人が判断すればいい。


参考:http://d.hatena.ne.jp/jimpei/20090103

ちょと投げやりですが、やはりこの事を過去に書いて、イロイロとやり玉に挙げられたうようで、少々投げやりです。

2つのポイントとは、

寄付したい人が寄付すればいい

彼らだけが特別な存在では’まったく’ない


この2つでしょうね。(上記の方の意見としてはね^^)

まず以下にこの事は集約されています。もう一度書いておきますが・・。

Everyone needs a bail-out these days. Where I do get in line?


誰もが援助を日々求めているが、私は一体どの列に並べばいいんだ?


「公平な立場に立つなら、寄付を募るのは自分たちのブログなどに留めるのが公平かつ、正当だと思える」あなたがピックしなくてもいいし、寄付したい人が自分たちで勝手にやればいいこと(御幣があるとアレなのですが、自分たちの努力と工夫で。ということ)で、別にそれが特別アナウンスすべきSecond Lifeのニュースだろうか、アウさん?

でも、もう公認SLルポライターではないのだから、アウさん個人ブログと解釈すれば納得がいきますねぇ・・。

で、この話題、完全にオシマイにします^^
  


Posted by arado at 00:59Comments(5)独り言

2008年08月20日

この半年で・・

さてRLの仕事上、なかなか進まないRAM次号ですが、ロケーションは既に取ってあり、確実に進んではおりますので、もうちょっとまっててね^^。今月中には完成予定です。^^;

この半年を振り返るとSLではすでに1年たったような気がします。それだけSLでの時間の流れは速い。

友達の一人はSLを去り、そして数ヶ月間INしない友達も多くなってきました。こういうと少し寂しいのですが、しかし仕方ありませんよね。

一番のネックはやはり今年4月に起こったSL全体の不具合が、かなり深刻だったことが1つにはあるでしょう。それと日本のバーチャル企業進出がもてはやされ、やがて沈静化したことも。

そして仮想世界の恋愛は予想以上に、RLに比べ歯がゆいものだということを、そろそろわかり始めているのかもしれません。

「カフェ始めました」こういう言葉が行き交うのは、数ヶ月前は珍しくありませんでしたが、今となっては何処も閑古鳥が泣いています・・。ではSLは廃れたのでしょうか?多分それは違います。

別に感傷に浸るわけではありませんが、私がかつて何も知らない初心者丸出しだった頃、始めていったリゾートはcocololoでした。その頃は、セカンドライフJAPANにサイトにあるキャンプをひたすら廻る日々でありましたし・・^^。

そんな場所は当時4つくらいしかありませんでしたが、今どうなっているんでしょうか?

今更ながら、巡ってみました。^^

まずはパンダモール。面影は赤い絨毯しかありません。かつてはここにポーズボールが一列に並び、キャンプする人たちで埋まってました。先頭がレートが高く、後方が低く設定されていたんですよね。



今は一晩中誰もいない状態で、近くに人が集まる場所はありますが、マグスル関係はどれも「顔なじみ」だけの構成が多いので、輪の中に入りにくいものです。初めは勢いがありましたが、近くにある記念撮影のテクスチャが、なんかもの悲しげではありました。^^;

続いてSEXY BEACH。ここは広大な土地に幾つかマットと、奴隷キャンプなどが点在していましたが、もう面影探そうにも何処にも痕跡すらありません。


空き家が多いSIMでしたが、近くにビーチが僅かに残っており、そこに何時もいるらしき人たちらしき影は見つけるくらいです。ショップの1つは一見人が多いように見えますが、モデルもアバターとしてマップでは捉えるので、特に人気があるわけでもありません。

次に高レートキャンプとして、いつも”待ち”が多かった不動産屋のキャンプ。ここは不動産屋だけが残って、キャンプは姿を消しています。人がいるようにマップには出ていますが、恐らくダミーでしょう。いわゆる捨てアカウントを多量にINさせて、あたかも人気があるように見せるナンチャッテ人気スポットにしてあるようです。


正直レンタルSIMの役割は終焉を迎えているというのが実感です。もはや賃貸では利益は出ないでしょう。不動産に手を出してもこれからは損益の方が勝るはずです。

紹介されていた1つのキャンプは、SIMごと消えていました。
もうロケーションもありません。プライベートSIMだったのでしょうか。


更に売り地になってはいても、「土地の利用にはサーバーのアップデートが必要です」と警告が出るSIMもありました。絶対売れない物件といってるようなモンです。ここもキャンプというか街があった所です。


唯一半年以上まえから存在するのは、セシールのモデルキャンプ。「こんばんわ」、「お疲れー」など以前からある慣習が残っていたのも懐かしいと感じます。時というのは残酷で、当時は本当に毎日のログオンがドキドキでした^^。できればもう一度あの頃に帰って、キャンプも何も知らない感覚を取り戻せないかなぁ・・とか夢想したりします。


いまSLで感じることは、

いいイベンターが減っている

カフェの乱立で閉店が相次いでいる。

ショップは大型化し、そうできない中小ショップは駆逐され始めている。

四角いプリムを並べたお店に人は来ない。

RLの宣伝にSLを使用してもほとんど効果は上がらない。

レンタルSIMの切り売りは、過疎化をより一層増長させている。

チャット以上に感覚に訴える”娯楽”を提供できないSIMオーナーは、SLをやめ始めている。


上記は全て日本のSIMの現状です。

ではその逆はあるのか?そこですよね?

まず、日本のリゾートは既に開発が進んでおり、それがかえってガランドウな印象を受けるのです。出来上がった建物に居住するとか、ショップを出すということは、結局オーナーが「付加価値」をつけてしまうので、必然的にメインランドで土地を買うよりも維持費はかかります。すると、ほとんどの場合、安いレンタルの方へ人は流れますし、結局レンタル代金をアイテムでなんとか価格に上乗せしないといけないので、海外に比べ割高になります。

負の相乗効果として、人は街を眺めるより、「面白い事」を探しているのです。ビジュアルに期待するのは「自分がいかにカワイイか美しいか、理想に近いか」であり、オーナーの考える「理想郷」はこの中に含まれないのがミソ。美しい街は、そこに何かあって人が集まり始めたとき、初めて意味を成すモノであり、始めに街ありき・・ではないのです。

そこがRLとSLの大きな差でしょうか。

上記に示した場所は、結局街を始めに作ってしまったため、飽きてくるとゴーストタウン化し、もうそこから人集めは完全に無理なのです。キャンプで人集めが、いかに失敗の元であるかがわかる証拠。

時に日本語で(ローマ字)でSIM名などつけた日には、致命的。kyoto、tokyo、くらいはわかるかも知れませんが、honmokuなんて絶対に外人は検索フォームに打込みません。外人ユーザーと日本人ユーザーでは、グローバル対応も人の行き交いもまるで違いますし、相互に来てもらわないと、そもそも存続は難しいのです。

それと人が来ないからといって、安易に移転はキケンです。LMが変った場合、多くは消滅したと考えるので移転した事を全ての住民に伝えることは不可能ですし、そもそも人気店になってもいないのなら、人が来る場所へ移しても同じような出入りしか期待できません。それだけのレベルとスキルを、人が来ないSIMへ人を来させるアイディアを模索して、その努力が移転先で交通量が多ければ、その努力が生きるはずです。

経験なき冒険は、結局無謀でしかないのです。

で、私どもRAMですがベンダーを置かせて頂いてる場所の1つが、オーナー様の都合により撤去致しました。^^http://slurl.com/secondlife/Acquasanta/2/66/2に当るところです。URLはリンクをつけても意味無いので。^^

これは幾つかの失敗例を見てきた私からの、僭越ながらの助言ですが、

「大きな目標より足下からはじめろ」

口では大きな事を言う人が、バーチャル・ワールドでは多いもの。しかし私から見ると、そういう人ほどログオンは少なくなってきています。何より「自分自身の更新がない」のですから、ビュワーが変ろうが、SIMが変ろうがスキルは最初の頃のママという人が多いようです。

とにもかくにも、面白いことというのは、何より自分を磨いて行くことが条件。そこにRLもSLもないということのようですね。^^

  


Posted by arado at 03:28Comments(2)独り言

2008年06月28日

TVを見ていてふと思うこと

ちょうど先週いろいろと書いてたマトリックス。今日その最終版がTVでやっていてちょっと思いました。

まあ、3部作最後は結局SFではよくある結末だなぁとおもいながら、ネオが最後に「これは必然だ」といった部分がちょっとひっかかりました。

そういや、実のところワタクシが思うに、例えば新たなIT技術が世に出てきたとしますよね?

そんな場合、恐らく世間は2つに別れるんですよね。

一方は利用する側と、一方はそれを受け入れる側。実のところワタクシもボンクラながら、PerlとかPHPとかアセンブラ、C++まで一応知識として勉強していたんですが、(その中でたまたま趣味の一環としてはじめたXMLスキーマの方が、やたらと詳しくなってしまいました^^;;)そんな中で、フトいつも考えるのが、「モノってやたら細かくすると、結局あるんだか無いんだかよくわからなくなるわよね・・」ってお台所で野菜刻みながら感じるんですよね・・。

いったい何のこっちゃって思うでしょうけど、現代のコンピューターの原型を理論上最初に実現した人ってのがいるんですが、その人の名前はアラン・チューリング。

謎の死を遂げて、一節では同性愛者ともいわれていますが、元は第2次世界大戦のナチスの暗号解読でその名を世に知らしめた人物です。この時使われたのが、プログラムでよく聞くアルゴリズムだといわれます。コンピューターの父ともいわれますよね。

その理論上のPCマシンを「チューリング・マシン」というのですが、アタイは美大出身で数字にものスゴーく疎いんですが^^、 まあそのマシンは理論上現在のコンピューターの行く末を暗示しているんだそうです。

よくある謎解きで、今でもなかなか答えのでない問題というのがありますが、

例えばですね、一人のセールスマンがある街にいって1件1件訪問セールスをしたとしますでしょ?
しかしですねぇ、結局長年同じトコロ以外通るわけでもなく、街ごとに道も違うんで1日回れるお宅っていうのはマチマチですよねぇ。

で、これを効率よくやろうとすると、結局どこか偶然でも重ならないと、無理!!!ってなワケになります。「そんなのねぇ、やってみんとワカランよ」って具合です。計算上でどの街でも効率よく回れる方法など、無いよってことですね。

これ、非常に計算できない問題として「巡回セールスマン問題」っていうれっきとした数学上の大問題なんだそうです。つまり「なんか偶然が重ならないと、解決できない場合」ってわけ。

で、これを解決できるかも?とかいわれてるのが「猟師」じゃなかった、量子コンピューターってやつ。
具体的には、電子っていうのは何十万分の1とかそれ以下の値になると、「うーん電気あるんだかどうだかわかんないや」ってそこから先は、ほとんど誰にも予測できない領域にはいって行きます。

こうなると何兆分のナンとかとか、とにかく数字はどうでもよくて、現象として動作が確認できりゃいいやってな、ずいぶんどうでも良い感じになります。まあこっから先は例えば、バクテリアなんかに単純に1+1みたいなアホな計算を宇宙規模クラスの数で計算した結果を統合すれば、「ある程度これでいいじゃね?」ってな答えが出て来るってそん具合なんだそうです。

実際コンピューターは色々やってるようで、PCの計算は加算、減算の繰り返し以外何も出来ません。電気が流れたか流れてねーかぐらいの判断を、狂ったような早さでやれる程度。

「計算しても結果はどうでもいいや」ってこうなるとコンピューターでもどうでも良いですよね?

しかしチューリングマシンを理論上、様々なテストをした結果、最終的に「なんだか数字をヒタスラ細かくすると、あってもなくてもどうでもよくなるなぁ」って事に気付いたそうで、これがある意味PCの限界というか臨界点なんだそうです。

で、マトリックスの映画では、反乱分子みたいのがやたら増殖していきますが、考えてみると例えば”ウィルスだらけで生きてる生物”ってもはや病人ではないですよね?それが普通になっちゃえば、結局”ウィルスだらけじゃないヤツが異常”って事になります。

ネオのいう「そら必然ッス」ってのは、あながち的ハズレじゃないなぁ・・と思ったわけです。

世界中が悪人99%善人1%だとすると、どう考えても1%の方のいう正義が問題なんじゃないの?と疑り深くなりますよね?それを信じてること自体正しく無いんじゃないの?って。なんかそう考えると、物事の基準というのは、実のところドコまでいっても確証など無いのがどうも現実っぽいです。

同じように勝者100人で、負けがたった1人だと、かえって立派なのは負けてしまった、たった一人に視線が行きますよねぇ。

わたしが、ちょっといつも感じるのはソフトウェアなどのプログラミングで、結局のトコロ突き詰めて突き進むと、なんだかんだいっても”実際コンパイルして実行しないと何ともいえない”というところに行き着くところ。・・まあこれは専門でその分野の方から聞いた話ですが・・(JAVAの開発者だったかな)。

なんでそうなるか?という部分は結局「ほとんど誰にもわからない」ンだそうです。うーん人が月にいけるという技術が、結局「なんだかよくわからないんだけどねぇ」というのも・・心境としては複雑です。

それと話が変りますが、例えば掲示板やブログで何かを書いてその批判が集まるとき、どうして人は過熱というか過剰な反応をすることがあるのか?ってことですが、これには科学上の理論が過去にきちんとあって、アタシはそれをよんで「なるほどぉ~」って思いました。

例えば、直接人とお会いして目の前で話しているときは、五感を駆使してその人を感じ取れます。この状態がチャネルをフルに使ってる状態。

次に電話をすると、もはや相手の顔は想像の産物でしかなく、声のトーンでご機嫌をうかがうしかありません。しかし、人が直接声を出しているので、チャネルはまだチャンと機能していますし、パイプが細くなてもなんとか人間性が感じられるわけです。

ところがこれが文字だけになると、途端にその書き手の文章力やスキル、果てはパソコンに対する嫌悪感まで含めてその表現はドンドンキーボードだけに集約されていきますから、人間性というチャネルの大半、たとえば行間に込められた気持ちとかは、無惨にもドブにすてられます。

こうなると、明るい気持ちでそれを書こうが、ひねくれた気持ちで言葉を書き殴ろうが結果として表れた感情の大半はネットの回線に載せることは出来ません。つまりタダの文字。ですから、そこに人間的優しさを込めるというのは、実はすごい高度な技術で、普通の方がさらさらと出来るわけ無いんです。ゆうなれば、「つたない文章に」対し「理論責め」でいくので、最終的にケンカになっちゃうわけ。

人間くさいというチャネルがほとんど0(ゼロ)の状態では、絵文字とかスマイルマークとかでなんとかフォローしないと、誤解されるかもと懐疑的になるのは気持ち的によくわかります。

自分の思ってることを、すらすら文章に出来たら誰でも作家になれるわよ^^;;

これはSLのチャットでもある意味同じで、まあそれをカバーするためにジェスチャーや、アニメなどがあるんでしょうが、いまんとこ「見かけ重視」指向ユーザーが大半なので、「感情」の部分をフォローする何かがあれば、こうしたメタバースは急速に拡大するでしょうね。

映画としては、全然面白くないんですが、メッセージとしては異色の作品だなあとは思いました。

  


Posted by arado at 00:30Comments(0)独り言

2008年05月29日

アホなゲームがあったので紹介。

モグラ叩きならぬ、牛シューティング。このままプレイできます^^。

下の画面クリックでゲームスタート。マウスが照準を表わすマルにかわり、クリックで牛を撃ちまくって下さい^^。笑えます。音が少し大きいかも知れないので、ボリュームは絞ってね^^。ちょっとした息抜きです。^^
  


Posted by arado at 21:46Comments(0)独り言

2008年05月22日

さてどうすっかなぁ。

RED HAT ENTERPRISE LINUX ES3というOSにデーターベースをいれて使っているんですが、遂に1年が過ぎてサブスクリプションがブッチ切れ、後90日でアップデートが不可能。^^;

しかし、たかが自サバで十数万はキビシイ。^^;;(まあそのうち立ち上げて1回くらいアップデートすっか。)その金あったらMAC Xサーバー買うわいっ!^^

なにがいいかなぁと検討中。遂にアタイの悪魔くんBSD2号登場かッ?!のわたし。

ちなみに以下がウチの悪魔くんBSD。そうなんつーかワークステーーション用のボロマシンです。初公開。^^ 富士通FMVだったかな?まあとにかくチョ~~~~ぼろいマシンです。

しかしNIC(ネットワークカード)2枚刺しで生意気にも自前ルーターです。上にチラッと見えるのはバーバ・ママ・・じゃなかった以前私が試験的に使ってたSIDUXマシンです。ドライブ買ってきてガシンと装着。DVDの読み書き可能にしてBjorkのDVD”Vespertine”を見たり、プリンタドライバをダウンロードしてきてDebianパッケージ(OSごとに違うインストール方法いたいなモンです)に変換してたりしてたヤツ。

まあLAN内でしか使わないので特に問題ないんですが、(スタンドアロンみたいなもんです^^)自動でアップデートする設定を切るのがメンドくさいんで、いっそDebianに鞍替すっかなぁ。
3DデスクトップならBeryl。試験的ですが以下の様なことが出来ます。OSはSIDUXを使ってるようですね。

うちのやつはグラフィックカードなんぞオンボードでしかもぺん3なんで、こんな事は無理^^;

に、してもなんつーか使いづらいんだよなぁ・・・RHL。試しに使ってみますたって感じだし。

自宅で実は1台のタワーPCをデーターベースにしてるんですが、HDを2つブッ挿して(お下品)BIOSで切り替えて違うOSで、ちと性能をうかがってたのですが、商用版は確かに安定性は優れてますが、まさか個人利用でそんな何十万ものアクセスがあるわけ無いので、一時1台で、WEBサーバーと上記自前ルーター(特殊設定でルーターらしからぬものになってます^^;)計4台とも管理してたところ、「なんかコイツだけ異質だよなぁ・・」と足下の密かに輝く青い光をジット見つめる私でした・・。なんのこっちゃ。

SLと同じく”いか~~~~ん”お日様がー!!!”なーんてことがこのところ続いてたし。

VISTA買うつもりは当分ないし、これ以上かったるいローカライズはゴメンジャー!!^^;
(自分に都合よくOS環境を整えること。この場合は言語を自国の言語に変えることをローカライズとかいいます)また1からスコスコ今時フロッピーを入れ替えてインストからか・・。

なんつーか人を殴り殺せそうな、アノものゴッツイマニュアルと格闘するのはちょっとぉ・・。

それで、ちょっとネタを追加^^;
ブラウザにFireFox2.0を使ってる方は、アドオンをインストールするととても便利。^^
例えば「タブカタログ」。これは以下のボタンを押すと


タブで開いてるページがサムネイル表示されるというもの。もう一度みたいページを視覚的につかめ、ワンクリックでアクセスできます。

http://www.mozilla-japan.org/addons/firefox/extensions/
もー楽なことしか考えてないワタクシ^^;  
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Posted by arado at 00:46Comments(0)独り言