2009年01月05日
やはり反響が・・
先日のNew Would NoteのChouchouの寄付の呼びかけ記事について、反響が相次いでいるようで、私はこうした”やり玉”に取り上げるのはどうかなぁ・・と感想を持ちました。
http://secondarts.wordpress.com/2009/01/02/what-makes-chouchou-more-special-than-any-other-creative-mind/

以上の記事は、やはり痛烈な批判をしておりまして、寄付に対しては”馬鹿馬鹿しい行為”と一喝しています。寄付が欲しいと望むなら、むしろグループの中でそれぞれプレミアムアカウントになれば、毎週300L$ものお金がはいるでしょ?とまでいっています。
心情として、”継続したいけど、善意でできればいいよね”と、そんなつもりだって寄付を呼びかけた人の中にはあったのではないでしょうか?寄付の呼びかけの記事も、少し”自負”している節もあるので、気に入らない人は過剰反応を示すのでしょう。
ただ、ここ数ヶ月の活動をみると、この場所でのアーティストの予定はクリスマス前にはほとんど無かったのは事実のようです。
この批判記事に対して、ちょっと私が思ったのは、「私はChouchouのファンです」といっている件。なんかとってつけたようなというか、自分の批判を回避するための”失言”だかは、わかりませんが、「ファンなら、その様な事態に対し、批判ではなく自分なりの応援すれば良いんじゃないかなぁ・・」と思いました。
良い方法ではないにしろ、搾取しようとしてるわけではないので”馬鹿馬鹿しい”とは少しいいすぎのような気がします。
確かに私はこの場所のブログ記事の全文は削除しましたが、決してこの場所をけなしたり、悪口は言ったりしていません。画像だって掲載したままで、個人的に紹介というカタチが、アンフェアな人たちにとって良い方に捉えられるとは限らないと知ったからです。
取り巻く人たちの”発想の仕方”が、少し問題があるだけで、この場所が蔑まれる要素は見当たりません。ただ、自力で解決していく限界まで努力はしたのだろうか?とは感じますけれど。
この件に関して、他の日本人の書いた方のブログを読むと「出来なければやめればいい」という意見もありました。最近感じる、”良いものだろうが何だろうが、無くなるものは放っておけ”という考え方も、人それぞれといいながらも、心に北風が吹くような気分にさせられます。
寄付というカタチには賛同できないが、頑張って欲しい・・とか、そういう気持ちだけでも、こうしたブログから見て取れれば、「捨てたモンじゃないよね」と思えるのですが・・。
無い袖は確かに振れませんが、
「振り袖を求めるから、いつも高価なのよ。」
これは、あるとき言った私の母の言葉^^。
http://secondarts.wordpress.com/2009/01/02/what-makes-chouchou-more-special-than-any-other-creative-mind/
以上の記事は、やはり痛烈な批判をしておりまして、寄付に対しては”馬鹿馬鹿しい行為”と一喝しています。寄付が欲しいと望むなら、むしろグループの中でそれぞれプレミアムアカウントになれば、毎週300L$ものお金がはいるでしょ?とまでいっています。
心情として、”継続したいけど、善意でできればいいよね”と、そんなつもりだって寄付を呼びかけた人の中にはあったのではないでしょうか?寄付の呼びかけの記事も、少し”自負”している節もあるので、気に入らない人は過剰反応を示すのでしょう。
ただ、ここ数ヶ月の活動をみると、この場所でのアーティストの予定はクリスマス前にはほとんど無かったのは事実のようです。
この批判記事に対して、ちょっと私が思ったのは、「私はChouchouのファンです」といっている件。なんかとってつけたようなというか、自分の批判を回避するための”失言”だかは、わかりませんが、「ファンなら、その様な事態に対し、批判ではなく自分なりの応援すれば良いんじゃないかなぁ・・」と思いました。
良い方法ではないにしろ、搾取しようとしてるわけではないので”馬鹿馬鹿しい”とは少しいいすぎのような気がします。
確かに私はこの場所のブログ記事の全文は削除しましたが、決してこの場所をけなしたり、悪口は言ったりしていません。画像だって掲載したままで、個人的に紹介というカタチが、アンフェアな人たちにとって良い方に捉えられるとは限らないと知ったからです。
取り巻く人たちの”発想の仕方”が、少し問題があるだけで、この場所が蔑まれる要素は見当たりません。ただ、自力で解決していく限界まで努力はしたのだろうか?とは感じますけれど。
この件に関して、他の日本人の書いた方のブログを読むと「出来なければやめればいい」という意見もありました。最近感じる、”良いものだろうが何だろうが、無くなるものは放っておけ”という考え方も、人それぞれといいながらも、心に北風が吹くような気分にさせられます。
寄付というカタチには賛同できないが、頑張って欲しい・・とか、そういう気持ちだけでも、こうしたブログから見て取れれば、「捨てたモンじゃないよね」と思えるのですが・・。
無い袖は確かに振れませんが、
「振り袖を求めるから、いつも高価なのよ。」
これは、あるとき言った私の母の言葉^^。
Posted by arado at 22:27│Comments(0)
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